カルチャー
2015年11月5日
キリスト教は資本主義と親和的なのか
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【10】
文・島田裕巳
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禁欲的プロテスタントが資本主義に与えた影響とは


 ヴェーバーは、労働とは、「神の定めたもうた生活の自己目的なのだ」と述べ、個人のなかに労働に対する意欲があるかどうかが、その人間が救済を予定されている証だと解釈した。救われている者は、ひたすら労働に打ち込むが、救われていない者は怠惰になるというのだ。

 さらにそこに、プロテスタンティズムの世俗内的禁欲の考え方が導入されると、享楽を追求することや、奢侈的な消費を行うことは否定される。ただし、財の獲得を倫理に反するものとしてとらえる伝統的な価値観も否定され、利潤の追求ということ自体は正当化される。それは、むしろ神の意志に沿うものとされたのだ。

 すると、神による救いを、天職の実践を通して実感している人間は、ひたすら働くとともに、節制し、禁欲的な生活態度をとる。そして、勤勉に働いた結果得られる利益については、それを個人の快楽を追求するための消費に回すのではなく、資本としてさらなる経済活動の拡大のために投資していく。それこそが、プロテスタンティズムの倫理にもとづく資本主義の精神の誕生だというのが、ヴェーバーの基本的な理解なのである。

 このヴェーバーの説が正しいとするなら、資本主義の精神というものは、相当に倫理的なものであり、その点では、社会の堕落といった方向にはむかわないはずである。それは、信仰に反するからだ。

 しかし、ヴェーバーは、そこに問題があることを忘れてはいない。世俗内的禁欲の実践の結果、いったんは資本主義の精神が形成され、資本の蓄積が起こる。だが、そのときに資本の蓄積ということが自己目的化され、神の意志に従って生きようとするプロテスタンティズムの倫理は失われていくというのである。
 たしかに、プロテスタンティズムの倫理が確固としたものとして確立されているのならば、今日のアメリカに見られるような強欲な資本家というものは生まれない。企業のトップにしても、とんでもない高額の給与をとり、それで豪勢な生活を送るということにはならないはずである。

 しかし、信仰が資本の蓄積をいったん許すと、あるいはその方向を推し進めることになると、人はひたすら利潤を追求し、金儲けに走ることになる。ヴェーバーは、その議論のなかで、人々がそちらの方向にむかうことを妨げる要因の存在を指摘していない。プロテスタンティズムの倫理は、資本の論理の暴走を阻止することができないのである。

マルクスが説いた「資本の暴走」


 むしろ、そうした資本のもつ力について分析を行ったのが、カール・マルクスである。マルクスは、もともと哲学者であったが、経済学の分野に転じ、資本主義の経済や社会の分析を推し進めることになる。
 マルクスと言えば、ともに活動したフリードリッヒ・エンゲルスの名前があがり、2人は、「マルクス・エンゲルス」と並び称されることが多く、共産主義の革命家というイメージが強い。
 しかし、共産主義社会の実現をめざすことを宣言した『共産党宣言』は、「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている」という衝撃的なことばではじまり、土地所有を収奪し、地代を国家の経費にあてるとか、強度の累進税などを共産主義社会実現のための具体的な方法としてあげているものの、共産主義社会がいったいどういうものになるのか、必ずしもその具体的なビジョンが示されているわけではない。むしろ、マルクスの真骨頂は、次回述べるように、ビジョンを語ることではなく、資本主義の冷徹な分析の方にあったのである。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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