カルチャー
2015年9月3日
資本主義は宗教と心中する―迫り来る『宗教消滅』の時代―
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【1】
文・島田裕巳
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これまで新宗教や既存宗教、宗教現象に幅広く、タブーなく切り込んできた宗教学者の島田裕巳先生。今回は、「衰退」の兆しが見え始めた日本の宗教から話は始まる。そこから見えてくるのは、日本だけでなく世界中で同時多発的に起きる「共同体」なき世界。資本主義は宗教さえも解体し、どこへ行こうとしているのか。「ポスト資本主義社会」の宗教の行方を明示する長期連載をお届けします。


花火大会で受けた衝撃


 昨年(2014年)の8月1日、私は新幹線で新大阪駅へ向かった。駅の近くにある研修施設で、これから海外留学しようとしている大学生たちに講演をするためである。

 用事はそれだけだったが、せっかく8月1日に大阪へ行くのだから、夜、富田林市に本部をおく新宗教のPL教団が開催する「教祖祭PL花火芸術」に家族を連れていこうと考えた。

 これは、PL教団自体にとっては、亡くなった初代教祖の遺言にもとづいて行われるもので、宗教的な意義を有しているものだが、その規模は格段に大きい。私は、30年くらい前に一度、この花火の打ち上げを見たことがあるが、最後の締めくくりの部分で、おびただしい数の花火が続々と打ち上げられ、空が真っ赤に焼けたようになったのには、度胆を抜かれた。その経験があったからこそ、家族にも見せたいと思ったのである。

 今回は、事前に有料の観覧場所のチケットまで手に入れていた。私たちが着いたときには、観覧場所には、すでに多くの人たちがつめかけていて、花火の始まりを今や遅しと待ちかまえていた。

 その観覧場所からははっきりと見ることができないのだが、花火の打ち上げがはじまる前には、別の場所で神事が執り行われていた。奏でられる雅楽のような音楽が、風に乗って聞こえてきた。PL教団は神道系の教団である。

 花火の打ち上げがはじまると、音とともに空には次々花火の大きな輪が咲き、観覧場所からも歓声が上がった。家族も、やはり歓声を上げながら、迫力のある花火の打ち上げに喜んでいた。

 ただ、私のなかには、次第にかすかな不安が広がるようになっていた。

「こんなものだったのだろうか」という疑問が浮かんできたからである。

PL学園の野球部廃部のニュース


 30年前に見たときには、最後のフィナーレに突入するまでの段階でも、花火の数の多さに圧倒されていた。その感覚が、今回はないのだ。

 そして、最後のフィナーレに突入すると、疑問はいっそう強いものになった。フィナーレはあっけなく終わってしまい、空が真っ赤に焼けたようにはならなかったからである。

 それでも家族は、「すごい」という感想を漏らしていた。ところが、私たちの後にいた男性も、連れの女性に対して、花火から迫力が失われたことを嘆いていた。その声は、駅に戻る途中、ほかでも聞いた。

 PL花火芸術は、大阪の風物詩になっているくらいで、花火大会としては相当に豪華で派手なものだった。けれども、以前に感じた、「途方もないものを見せられた」という感覚はまったくなかったのだ。

 翌日の新聞を見てみると、打ち上げられた花火の数は1万4000発となっていた。私が最初に見たときには、12万発と言われていた。ただし、それ以降、数え方が変わり、ここのところ2万発となっていたが、2万発と1万4000発では、相当に規模が違う。

 私はこの出来事に接して、家族を連れてくるほどではなかったと後悔する一方で、PL教団は経済的にかなり苦しくなっているのではないかと感じた。花火は神事として営まれるもので、費用は教団側の持ち出しである。一度の花火にいったいどれだけの費用がかかるのかは分からないが、2万発の花火をあげるとしたら、それは相当の額になるはずだ。

 しかも、その後、PL教団が創設したPL学園の野球部が廃部の危機にさらされているというニュースが飛び込んできた。PL学園と言えば、甲子園の名門であり、数多くの優れたプロ野球選手を生んできたことでも知られる。

 野球部自体のあり方が問題になり、それが廃部へと結びついたようだが、背後には、教団の現状が影響しているとの報道もあった。

 要は、教団が衰退していることが野球部の廃部という事態を生み、花火の規模の縮小へと結びついたようなのだ。

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宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。