カルチャー
2015年9月17日
フランスの「カトリック消滅」
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【3】
文・島田裕巳
  • はてなブックマークに追加

日本だけでなく世界中で同時多発的に起きる「宗教」なき世界。今回は、フランスのカトリック教会にフォーカスを当てます。空っぽの教会と日本をしのぐペースで宗教離れする、現実。「ポスト資本主義社会」の宗教の行方を明示する長期連載、3回目です。


「フランスの空っぽの教会」


 私は今、ある女子大で非常勤講師で教えている。
 宗教学や宗教史にかんする授業科目を担当しているが、その際に、映像を活用することが多い。宗教の問題については、学生にはそれほど知識がない。そもそも、宗教の問題がテレビのニュースで報じられることも少ない。
 しかし、宗教の実際の姿を伝えるには、話をしただけではうまくいかない。リアリティーをもって伝えられないからだ。そこで、映像を使うことになるのだが、それを探していて、興味深いものを見つけた。

 映像は、まったくの素人が撮影したもので、ナレーションもなければ、解説もないものだった。最初は、誰も坐っていない椅子が並んだ光景が映し出される。それは、椅子の前から撮ったものではなく、背後から撮影したものだ。

「いったいこれは何なのだろうか」と見ていると、カメラは次第に前方を映すようにアングルを変えていく。前方には、いくつかの人影が見える。人数としては、30人ほどだろうか。皆椅子から立ち上がっている。さらにその前には、焦点が合っていないので、はっきりとは分からないのだが、祭壇があって十字架のようなものが見える。教会特有の音楽も聞こえてくる。

 それは、キリスト教の教会でのミサの様子を撮影したものだ。
 誰も坐っていない椅子は相当な数にのぼり、数百席はあるだろう。映像には、「フランスの空っぽの教会」というタイトルがつけられていた。歴史的にも由緒のあるカトリック教会のようなのだが、これを通して、ミサに出席する信徒の数が、今いかに少ないかが伝わってくる。

 日本人は「自分たちは無宗教で、宗教に対して熱心ではないが、キリスト教の信徒たちは熱心で、毎週日曜日には教会に足を運び、ミサに預かっている」と考えてきた。今でもそう考える人は少なくないだろう。
 しかしそれは、少なくともヨーロッパでは完全に過去のことになりつつある。
 今から60年近く前の1958年には、フランス人のうち日曜日にミサに預かっていたのは35パーセントに及んでいた。3分の1以上が教会に出かけていたわけだ。
 ところが、2004年にはそれがわずか5パーセントにまで低下した。ある調査では、2011年に毎週一度は教会に通っているフランス人は0.9パーセントしかいないという結果も出ている。
 ただ、教会にはいかなくなったものの、フランス人の63パーセントは自分はキリスト教の教会に属していると答えている。

 だが、1950年には、90パーセント以上のフランス人が子供に洗礼を授けていたのが、2004年には60パーセント以下に減少している。こうした数字からすれば「フランスの空っぽの教会」は、カメラに映し出された教会だけのことではなく、フランス全土で起こっていることになる。仮に1000席の教会に0.9パーセントしか出席しなければ、9席しか、席は埋まらない。それは、想像を絶するほど寂しい光景である。

  • はてなブックマークに追加





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。